2011年6月2日木曜日

放射能について

毎朝、新聞で地域の放射線量をチェックしている。わずかながらではあるが、少しずつ減ってきているようだ。その日の風向きや天候などによって、数値の変動はあるようだが、0.05~0.06マイクロシーベルト台を上下しながら、比較的落ち着いてきているような印象をうける。しかし、まだまだ完全に安全なレベルには達してはいない。一日も早い福島第一原子力発電所での放射能の封じ込めが待たれる。

放射性物質というのは目に見えないし、無臭であり、空気中に拡散するのが怖い。知らない間に体内へ取り込まれ、様々な健康被害を引き起こしかねない。またその影響は子孫にまで引き継がれるという。しきりに政府は、「いますぐ」健康に影響を及ぼすレベルではないと繰り返し説明しているが、いったい誰が将来にわたって保証してくれるのだろうか。やはり国家のエネルギー政策を根本から見直し、原子力に頼らない電力供給の道を探らなくてはいけないと思う。

2011年6月1日水曜日

Let's conserve electricity!

3月11日に起きた東日本大震災により、福島第一原子力発電所での発電が不可能という状態になり、今年の夏に向けての節電が重要な課題になっている。我が家でも、余分な照明はこまめに消し、低俗なテレビ番組もダラダラと観ないようにしている。オフィスでも廊下など無駄と思える照明は消し、ブラインドを開けて自然光をとり入れるようにしている。節電は、一人一人が絶えず意識し、この夏の大規模停電を回避できるように努めたい。

横浜に住んでいる弟は火力発電所関連の仕事をしている。彼の話によると、東電はいま世界各地から発電機を大量に購入しているそうだ。その数や、ハンパではないらしい。アメリカのGEやホワイト・ウェスティングハウスなどの旧型発電機なども、船便で輸送すると時間がかかりすぎるので、空輸しているとのこと。まさに東電はできる限り電力を確保するため、その潤沢な資金を元手に湯水のごとく金を使い、なりふりかまわず発電機を買いあさっているのだ。その購入した発電機を、段階的に縮小してきた火力発電所内の敷地に並べ、夏場の電力需要に応えようとしている。それら発電機によるCO2の排出や近隣住民への騒音被害など目下眼中にないといった状況のようだ。政府も見て見ぬふりをしているのかもしれない。

ソフトバンクの孫正義氏が、全国の休耕地を利用した太陽光発電へ触手を動かしている。さすがに経営の決断がはやい。今般の原子力発電の問題を受け、今の状況をビジネスチャンスと見ているようだ。地方自治体の首長たちも興味を示している。これからの時代は、風力や太陽光のような自然エネルギーを利用した安全な環境に優しい発電が必要となってくるだろう。また、蓄電技術も重要なカギになってくるだろう。これらの分野での、技術大国日本のリーダーシップが求められている。

さてと・・・、今日のブログもこれくらいにして、節電のため、そろそろパソコンの電源を切ろうかな(苦笑)。

2011年5月31日火曜日

今の政治状況について

自民党の内閣不信任決議案提出に、小沢一郎派の民主党議員たちが賛成にまわるようだ。情けない・・・(嘆息)。

東日本大震災の復興や福島第一原子力発電所での放射能封じ込め対応で大変なこの時期、いったい何をしているのか。憤りを感じるとともに、呆れ返ってしまう。「菅おろし」に割く時間と労力をもっと今やるべきことに集中させるべきではないのか。まったく開いた口がふさがらないとはこのことだ。わが国にとって、このまさに1000年に一度の大災害に対して、政府がこのテイタラクでは我々国民にとっては悲劇だ。いまはトップを代えるよりも、与野党一致団結し英知を結集して、この困難に打ち勝っていくことだと思う。

それにしても、小沢一郎という政治家はいったい何をしているのか。お膝元の岩手では多くの被災者がいまでも不自由な避難所生活を強いられ、放射能による農産物への風評被害も深刻な様相を呈してきている。震災発生後、真っ先に現地へ行って、その豪腕といわれる指導力を発揮すべきではなかったのか。ダム工事での利権をむさぼることしか頭にないのかもしれない。いまこそ彼の政治家としての底力を見せてほしいものだ。100人ほどいるといわれる彼の取り巻き連中も、この国難を直視し、いま行動すべきことは何かを自問して欲しい。

話は変わるが、最近、豪腕小沢一郎が、力ばかり強い「ジャイアン」に、優柔不断な鳩山由紀夫が、口先だけの金持ちのお坊ちゃま「スネ夫」に見えてしょうがない。誰かドラえもんのような人が出てきて、いまのこの状況を一気に解決する魔法のような秘策をポケットから出してくれないものか・・・。そう言えば、以前、「のび太」にそっくりな首相がいたなァ~(笑)。

2011年5月30日月曜日

書評 ー 吉村昭「冷い夏、熱い夏」


珠玉の作品

いままで数多くの吉村昭作品を読んできましたが、私にとってこの小説は、その中でも珠玉の作品といえます。ひたすら死へと向かう弟を見つめながら、深い兄弟愛と、あくまでもガン告知をしないという葛藤と苦悩とが、硬質な文体によって淡々と語られています。作品全体を流れる静謐な空気と低音な旋律が、死というテーマを一層際立たせています。文学に対する吉村昭という小説家の恐ろしいまでの執念を感じました。

2011年5月29日日曜日

ブログ再開

しばらくぶりにブログ再開です(苦笑)。昨年の10月からですから約半年ぶりです。

この間に起こったことを箇条書きに記すと、

① 年末恒例になった「歴史を訪ねるひとり旅」で、伊豆の下田に滞在した。マシュー・ペリー提督上陸地点やタウンゼント・ハリスが日本に最初に設置した米国領事館の玉泉寺、また、吉田松陰が密航を企て黒船へと漕ぎ出した弁天島や勘定奉行川路聖謨とロシア海軍提督プチャーチンとの間で取り交わされた日露和親条約の舞台となった長楽寺などを見てまわった。その後、西伊豆の戸田(へだ)を訪ね、津波で壊滅的被害を受けたロシア軍艦ディアナ号や、当時、洋船の知識もなく苦労の末に日本人船大工たちによって建造されたヘダ号の資料などを見てまわった。吉村昭著の「落日の宴 勘定奉行川路聖謨」に感動し、思い立った旅だった。

② 年が変わり、1月15日から1週間、アメリカ南部のニューオリンズへ研修。毎年この時期に、世界各地の米軍基地から住宅に関わるスタッフが集まる。ヒルトンホテルでの滞在は快適だった。夜は、ホテル真向かいにあるカジノで遊んだ。見渡すかぎりスロットマシーンが並ぶ巨大なそのスケールには圧倒された。さすがはアメリカだ。歓楽街として有名なフレンチクォーターへも足を運び、全身に音楽と酒を浴びるほどだった。いま思い出しても一体研修で何を得たのだろうかと思う(汗)。研修が終わると、サンフランシスコ郊外にあるフェアフィールドに住んでいる古い友だちを訪ね、1週間ほどお世話になった。ゴルフ場脇にある4ベットルームの邸宅で、室内は日本滞在中にコレクションしただろう数多くの骨董品が飾られ、まるで博物館のようだった。

③ ついに老眼(遠近両用メガネ)を購入した。年はとりたくないものだ。ついでに仕事で使用する、パソコン用メガネも購入。読書用としても重宝している。

④ 3月11日の東日本大震災によって引き起こされた東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴って、アメリカ軍人家族の国外退去が始まり、その対応に多忙を極めたが、一旦退去が収まると、1ヶ月ほどはヒマであった。いまではほとんどの家族が帰ってきている。原発の1日も早い収束が待たれる。震災によって亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに、現在も不自由な避難所生活を余儀なくされている方々を思うと、胸が痛む。

2010年10月9日土曜日

中国政府について

中国当局に拘束されていたフジタの社員の高橋さんが開放されました。

やはりというべきか、尖閣諸島海域での海上保安庁巡視船と中国漁船の衝突映像を公表しないと発表した途端での処置です。明らかに人質をとっておいて、相手の出方で判断したといっても過言ではありません。これが世界第2位の経済大国に躍り出た国のやることでしょうか? 

昨日は、獄中の人権活動家、劉暁波(リウシアオポー)氏に対して、ノルウェーのノーベル賞委員会は平和賞を授与すると発表しました。共産党独裁を批判し、言論と宗教の自由などを求め、中国の民主化運動を推進した彼に対して、ノーベル賞委員会は中国政府の事前の圧力にも毅然たる態度でこの決定をしたようです。

これから世界の国々と共存し発展していくには、中国はその根本から変わっていかなければならないでしょう。インターネットなどであらゆる情報が瞬時に世界中を飛び交う現代、国家体制にとって都合の悪い情報や動きを封じ込めようとしても限界があります。はやく国を開き、市民の自由な発言や行動を許してゆくことが必要だと思います。

2010年10月8日金曜日

尖閣諸島問題について

尖閣諸島問題では、中国の卑屈なまでの外交圧力には呆れ返ります。

海上保安庁の巡視船に体当たりした中国漁船の船長らを公務執行妨害で逮捕すると、執拗な抗議をし、日本のハイテク産業にとって必要なレア・アースの輸出を止めました。中国人観光客の予約も大量にキャンセルされ、文化的交流も制限されました。はたまた軍事施設を撮影したとの「言いがかり」によって、フジタの社員も拘束されました。いまだに1名の社員の解放がなされていません。中国側にとっては、もし巡視船との衝突を記録したビデオを公表すれば、拘束を続けるといったカードをちらつかせているとしか思えません。まるでヤクザの脅迫と変わりありません。

尖閣諸島は日本の領土です。明治政府は当時の中国清朝や台湾の支配が及んでいないのを確認し、日本の領土として国旗を立てたそうです。現在も日本の灯台があり、以前は日本人も住んでいたそうです。中国側にとっては、先の大戦後、日本は北方諸島ともども支配を放棄したとの見解のようですし、琉球王朝との交易の途中に自国領土として立ち寄っていた歴史があるとの主張です。

周辺海域でのガス田開発、また、増強を続ける海軍力などをもとに、中国はこの機会に国際社会に向けて、尖閣諸島は自国の領土であるといったプロパガンダを始めたようです。韓国との竹島問題同様、尖閣諸島はこれからも続いていく外交課題になるでしょう。日本にとって、領土問題は存在しないといった明確な意思を示し、歴史的な事例をもとに、尖閣諸島は日本固有の領土であると発信する必要があるようです。

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