2011年6月7日火曜日

何か幸運の前触れ?

先月不思議な夢をみました。

その夢というのは、どういうわけか鎌倉の鶴岡八幡宮が現れ、突然強烈な光を発したかと思うと、寝ている自分に向かって飛んできたのです。その光は途中、鶴岡八幡宮と自宅との間にある三浦正八幡神社が発した光と伴って、稲妻のように身体に入りこんで来たのです。その瞬間、感電したように身体全体が震え、そのあとビニール袋を揉むような音が身体のまわりで続きました。

いまだに何故そのような夢をみたのか不思議でなりません。今までみた夢の中でも、その内容は特異で、なにかを暗示しているような気がしてなりません。

2011年6月6日月曜日

もういい加減にしろ

小沢一郎の処分問題や「菅おろし」などの一連の民主党内でのゴタゴタをみると、中国の史書に出ている言葉を思い出します。

『人は艱難(かんなん)を共にすべくも、安楽を共にすべからず』

人は、困難な状況下にあって、手をたずさえて死にもの狂いで戦うことはできても、いったん成功してしまうと、安楽や富貴、栄達を求めて仲違いするようになるという意味です。まさに政権をとるまでは、民主党員一丸となって自民党の長期政権打破に取り組んだけれども、いったん政権をとると、党員たちの中でさまざまな思惑や私利私欲が絡んで、いまでは民主党の分裂を引き起こしかねない状態となっています。

つまり、人のすることは、人種に関わらず、いつの時代であろうとも同じだということです。

2011年6月5日日曜日

書評 ー 柳澤桂子「意識の進化とDNA」


ウ~ン、なかなか難解だった。一般読者にもなんとか分かりやすいように、小説のかたちをとってカップルを登場させ、二人の会話を通じて人類の起源、自我意識の誕生、脳の進化、記憶のメカニズム、はたまた芸術・科学や神・愛について、科学的または哲学的見地から説明をしている。言いたいことは何となく分かるような気がしたが、240ページの文庫本のボリュームでは無理があるように思う。巻末にのせられている参考文献を読めばそれぞれの分野の理解度も深まるのだろうが、心して掛からないと生命科学の密林へ迷いこんでしまいそうだ。

以前から脳に関しては興味があって、いままで以下のような本を読んでいる。

脳を究める 脳研究最前線 ー 立花隆(朝日新聞社)
脳と心の地形図 ー リタ・カーター(原書房)
生存する脳 ー アントニオ・R・ダマシオ(講談社)
人間がサルやコンピューターと違うホントの理由 ー ジェームス・トレフィル(日本経済新聞社)
心や意識は脳のどこにあるのか ー ニコラス・ウェイド(翔泳社)
脳のなかの幽霊 ー V.S.ラマチャンドラン サンドラ・ブレイクスリー(角川書店)

しかし脳科学というのは、脳が脳について、つまり、自分の脳でその脳のどの部分が今どういう働きをし、どういうメカニズムで活動しているのかを調べるというのは、なんとも不思議である。まさに生命は神秘であり、奇跡の産物である。

2011年6月4日土曜日

運動会

今日は娘ふたりの小学校の運動会だった。いやはや疲れたぁ~。まったくクタクタだ。関東は梅雨に入ったというのに、今日は幸運にも快晴で、まるで真夏のような陽気であった。おかげで日焼けしてしまい、顔や腕は赤くなっている。

平間洋一氏の『軍都 横須賀』によると、日本で最初の運動会があったのは明治7年(1874)3月16日で、海軍兵学寮(海軍兵学校の前身)において、短距離(300ヤード)、中距離競走(600ヤード)、長飛(幅跳び)、高飛、玉投(砲丸投げか玉入れかは不明)、飛椅(跳び箱)、二人連三脚徒(二人三脚)、竿飛(棒高跳び)、三段飛びなどの18種目があり、審判員はイギリスの顧問団だったらしい。

興味深いのは、この運動会の開催に際して、兵学寮頭から海軍大臣に対して、「運動会の目的は単に生徒の遊技会ではなく、教育と言えば学術のみを強調し、体育の重要性を知らない。この競技会を広く有識者や国民に知らせ、『文弱の弊風』を打破せんとするものなので、広く国会議員や大臣、各官庁や東京府などの官吏に通知されたい」との依頼文書を出していることである。まさに明治という時代の威風が表れている。

しかし、日本で最初の運動会はそれよりも7年前、横須賀の製鉄所内で行われていたとも言われている。慶応4年(1868)6月27日、「仏蘭西大君(ナポレオン3世)の祭礼」として、フランス人と日本人が『うち交わり、さまざまの面白きこと致す』との張り紙が出され、フランスの顧問団が指導して、「綱渡」「帆柱登り」「両足を袋に入れて走る競技」「走馬競技」「青竹渡り」「日本人の相撲」「飛車にて差水の曲(内容不明)」などの競技が行われ、夜は花火も打ち上げられたそうである。

300年続いた徳川幕府が瓦解し、まだ2ヶ月も経っていない時期に、このような競技を開催したというのは大変面白い。日本人にとって娯楽が乏しかったその当時、この運動会、大変な賑わいになったのではないだろうか。

2011年6月3日金曜日

書評 ー 吉村昭「海も暮れきる」


漂泊の俳人、尾崎放哉の8ヶ月間におよぶ結核による死への悲壮な日々を、巧緻で淡々とした文体で描いた人物伝である。

大正時代末、東京帝国大学法科を卒業し大手保険会社の要職にいたエリートが、酒を飲むと悪態をつくという酒癖の悪さがもとで職を捨て、流浪の人生へと転落していく。若く美しい妻とも別れ、寺男として全国各地の寺を転々とし、最晩年には、終の棲家と決めた小豆島にある西光寺の分院南郷庵の庵主として、結核菌に冒されながら孤独で貧しい生活をおくる。その悲惨な日常の中で、自由律の作風で、「咳をしてもひとり」や「いれものがない両手でうける」など、極限にまで削りとられた数々の句をつくる。

若い頃、結核で同様に8ヶ月ほどの闘病生活を経験した吉村昭でしか書き得ない、放哉の日々刻々と衰弱していく肉体と死の恐怖に揺れ動く精神の記述には、ページをめくるたびに引き込まれる。吉村昭作品の中でも、実弟の癌闘病を克明に描写した『冷い夏、熱い夏』と並び、死生観について考えさせられる秀作である。

この小説を読むと、明治から昭和にかけての文明批評家、長谷川如是閑の次の言葉を思い起こさせる。

「生命は刹那(せつな)の事実なり、死は永劫(えいごう)の事実なり」

2011年6月2日木曜日

放射能について

毎朝、新聞で地域の放射線量をチェックしている。わずかながらではあるが、少しずつ減ってきているようだ。その日の風向きや天候などによって、数値の変動はあるようだが、0.05~0.06マイクロシーベルト台を上下しながら、比較的落ち着いてきているような印象をうける。しかし、まだまだ完全に安全なレベルには達してはいない。一日も早い福島第一原子力発電所での放射能の封じ込めが待たれる。

放射性物質というのは目に見えないし、無臭であり、空気中に拡散するのが怖い。知らない間に体内へ取り込まれ、様々な健康被害を引き起こしかねない。またその影響は子孫にまで引き継がれるという。しきりに政府は、「いますぐ」健康に影響を及ぼすレベルではないと繰り返し説明しているが、いったい誰が将来にわたって保証してくれるのだろうか。やはり国家のエネルギー政策を根本から見直し、原子力に頼らない電力供給の道を探らなくてはいけないと思う。

2011年6月1日水曜日

Let's conserve electricity!

3月11日に起きた東日本大震災により、福島第一原子力発電所での発電が不可能という状態になり、今年の夏に向けての節電が重要な課題になっている。我が家でも、余分な照明はこまめに消し、低俗なテレビ番組もダラダラと観ないようにしている。オフィスでも廊下など無駄と思える照明は消し、ブラインドを開けて自然光をとり入れるようにしている。節電は、一人一人が絶えず意識し、この夏の大規模停電を回避できるように努めたい。

横浜に住んでいる弟は火力発電所関連の仕事をしている。彼の話によると、東電はいま世界各地から発電機を大量に購入しているそうだ。その数や、ハンパではないらしい。アメリカのGEやホワイト・ウェスティングハウスなどの旧型発電機なども、船便で輸送すると時間がかかりすぎるので、空輸しているとのこと。まさに東電はできる限り電力を確保するため、その潤沢な資金を元手に湯水のごとく金を使い、なりふりかまわず発電機を買いあさっているのだ。その購入した発電機を、段階的に縮小してきた火力発電所内の敷地に並べ、夏場の電力需要に応えようとしている。それら発電機によるCO2の排出や近隣住民への騒音被害など目下眼中にないといった状況のようだ。政府も見て見ぬふりをしているのかもしれない。

ソフトバンクの孫正義氏が、全国の休耕地を利用した太陽光発電へ触手を動かしている。さすがに経営の決断がはやい。今般の原子力発電の問題を受け、今の状況をビジネスチャンスと見ているようだ。地方自治体の首長たちも興味を示している。これからの時代は、風力や太陽光のような自然エネルギーを利用した安全な環境に優しい発電が必要となってくるだろう。また、蓄電技術も重要なカギになってくるだろう。これらの分野での、技術大国日本のリーダーシップが求められている。

さてと・・・、今日のブログもこれくらいにして、節電のため、そろそろパソコンの電源を切ろうかな(苦笑)。

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