2011年9月17日土曜日

東芝製洗濯乾燥機との戦い 第2ラウンド

昨夜以下のようなメールをコジマ電器本社へ出したところ、今日連絡があり、数日のうちに新しい洗濯乾燥機と取り替えますとのことでした。一応苦情というのは言ってみるものですね。それにしても、この9ヶ月のあいだに3台目の洗濯乾燥機です。

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昨年12月に貴社XXX店より東芝製のヒートポンプ・ドラム式の洗濯乾燥機を購入しました。

ところが半年ほどすると、使用途中にまったく作動しなくなりました。早速、XXX店に連絡をとり、3日ほど待たされたあと、修理をしてもらいました。その日は、製品内部のコンピューター基板を取り替えたので、もう大丈夫ですとのことでした。

しかしながら、次の日使用しますと、まったく状態は改善されておらず、同じエラーメッセージが出て作動しませんでした。保証期間ということもあって、苦情を言って新しいものと交換してもらいいました。

ところが、また2ヶ月ほど使用していると、乾燥時にガーガーと異常音が出だしました。新品に取り替えてもらったのにと思って、また修理依頼をしました。また3日ほど待たされ見てもらいましが、今度はコンプレッサーに異常があるとのことで、部品交換をしなければならいないということでした。部品の注文をしますので10日ほど待って下さいとのことでした。

しかしながら、10日待っても連絡はありませんでした。14日ほど経った頃、やっと電話連絡があり、部品の生産が遅れていて10月末まで修理ができないということでした。つまり、修理の依頼をして2ヶ月以上待たされることになります。同じ製品で2台目です。

一体これはどういうことでしょうか? 理解に苦しみます。 散々迷惑をかけておいて、また2ヶ月ほど待てとは・・・。通常は、責任者が来て謝罪をし、また新たな製品に取り替えるのが普通ではないでしょうか。こちらは新品を買っているのですから。近頃は異常音と共に振動も大きくなり、コンプレッサー以外の部品にも悪影響を起こしかねません。

早急の対応をお願いします。折り返しのご返答をお待ちしております。よろしくお願いいたします。

2011年9月15日木曜日

煩悩(ぼんのう)について

石庭で有名な京都の龍安寺には、水戸光圀(みつくに)が寄進したという銭形のつくばいがあるそうです。そのつくばいには「吾唯足知」の四文字が刻まれていて、「われただたるをしる」と読むそうです。つまり、「足ることを知るものは、貧しいといえども富めり。足ることを知らざるものは、富めりといえども貧し」という意味だそうです。

仏教によると、人間が悩み苦しむのは、煩悩(ぼんのう)があるからだそうです。煩悩とは何かというと、身体をわずらわす「煩(ぼん)」と、心をなやます「悩(のう)」を合わせた言葉だそうで、108種類、84,000の煩悩があるいわれます。除夜の鐘を108回つくのは、それら煩悩を打ち砕き消し去るという意味が込められているようです。心身ともに新たな気持で新年を迎えたいという願いからでしょうか。

人が悩み苦しむ原因は、根本煩悩という6種類があって、なんでも欲しがる心や、何事も人を疑ってかかる猜疑心、すぐに他人と比べてしまう卑屈な心、それによって生まれる妬み心など、さまざまな心の状態に起因するようです。「足ることを知らない」と、人はそれら煩悩の中で絶えず迷い、固執し、次第に苦しみ始めます。

つまり、心の平安を求めるならば、しっかりと自分をみつめ、もともと自分は人とは違っているんだという、自分自身の独自性と多様性を認識することだと思います。そして、何事も前向きに、ポジティブに生きる事が大切だと思います。「吾唯足知」を心に刻みましょう。

2011年9月14日水曜日

震災から半年を迎えて

東日本大震災発生から早くも半年が経ちました。未曾有の被害と数多くの犠牲者を出しました。未だに4千人近くの方が行方不明です。出来ることならタイムカプセルに乗って、あの3月11日の地震発生時前に戻って、千年に一度といわれる大津波が押し寄せる前に、すべての人たちが避難できるようにしたいものです。しかし現実は、抗えることのできない運命として受け入れるしかなく、今はただ、おびただしい命が失われたことが悔やまれてなりません。亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。

2011年9月11日日曜日

コミュニティーについて

今朝は町内一斉清掃でした。

9時から10時までの1時間、町内の中心を貫く緑地の草刈りや草むしり作業をしました。各班の近くにある公園や歩道沿いも作業範囲です。残暑厳しい中、汗だくになりながら、大量の雑草を取り除き、何個ものゴミ袋の山が出来ました。

参加者の顔ぶれを見ていると、やはり毎月作業に出てきている人と、まったく顔も出さない人がいるようです。回覧板で一斉清掃日の通知も出ているし、朝早くから下準備として草刈機で作業している音も聞こえているので、気づかなかったとは言えないでしょうが・・・。清掃が終了するのを、自宅でヒッソリと待っているのでしょうか。

以前自治会長を務めた経験があり、居住地域の環境維持の重要さは認識しているつもりです。したがって、せめて月一回の清掃にはできるだけ出るようにしています。自宅の周りだけでなく、コモンスペースとしての公園や歩道、緑地帯や生垣など、地域住民みんなで綺麗にするというのは大切な事です。

作業が終わって、すっきりと刈り込まれた芝地を見るのは清々しいものです。その後の近所の方とのコミュニケーションも楽しいものです。自分たちのコミュニティーは、自分たちで維持管理していくという心が必要ではないでしょうか。それは自然と、いま住んでいる街を愛する郷土愛につながり、また祖国愛へと発展していくように思います。

愛国心というと、すぐに右派的な捉え方をする傾向にあるようですが、今日のような身近な町内一斉清掃といった作業を通して、自分の国を愛する心が培われるような気がします。まずは妻を愛し、家族を愛し、住む街を愛し、郷土を愛し、祖国を愛す。久しぶりに草むしりをして少々腰が痛い中、つらつらとそんなことを考えています。

2011年9月6日火曜日

弘法大師

今日は有給休暇をとって、東京上野に行ってきました。現在、東京国立博物館の平成館で開催中の『空海と密教美術展』を見に行ってきました。9月25日までですので、見逃さないように今のうちにと思って、マンダラのパワーを浴びてきました。

着いてみると、驚いたことに、ものすごい数の人たちでした。 残暑の暑い日差しの中、入り口から長い行列ができており、30分ほど入館するのに待たされました。弘法大師空海の人気のほどがうかがえました。そのほとんどが老齢カップルで、死ぬ前には一度見ておきたいといったところでしょうか。

展示品のほとんどが、重要文化財か国宝ということで、見ごたえがありました。殊に真言密教美術の数々は、なかなか一堂に会して見る機会もないでしょうから、1200円の入館料は安いものです。それから空海直筆の書は、見る価値があります。中国唐代の書家、顔真卿に引けを取らない書風は、素晴らしいの一言です。

まさに天才ともいうべき弘法大師空海の並外れた知性の一端に触れ、曼荼羅で示された密教の宇宙観を体感することができたように思います。

2011年9月3日土曜日

安全運転

先日追突された件で、やっと先方の保険会社との話し合いが終わったようです。昨晩、ホンダのディーラーから連絡がありました。

見た目にはそれほど損傷はないようでしたが、工場で仔細に調べてみると、やはりずいぶんとヤラれていたようで、修理するのに45万円ほどかかるとのことでした。それに、新車購入の契約を済ませていたので、事故車扱いになって下取り金額が低下したことに伴う差額分も補償してもらえることになりました。また、10月には車検の予定だったので、その分の費用も補償してもらえるとのことです。

なんだか今回追突されたことによって、徳をしたような気分になりました。事故によるムチウチなどの身体的損傷がなかったことが、せめてもの救いです。

みなさん、安全運転でいきましょう。

2011年9月2日金曜日

最後の将軍

約300年続いた徳川幕府の最後の将軍、徳川慶喜(よしのぶ)のひ孫にあたる徳川慶朝(よしとも)という方が書いた、『徳川慶喜家にようこそ』を読みました。

司馬遼太郎作品で『最後の将軍』も読んでいましたし、他の様々な幕末小説にも登場する慶喜ですから、大変興味深く読み終えました。

「ラスト・ショーグン」ともいうべき慶喜は、家康から続いた徳川幕府を終わらせたあと、意外にも、明治・大正まで長生きをしています。

ということは、倒幕の先鋒であった薩摩の西郷隆盛が西南戦争で死んだ時も、そしてまた、大久保利通が暗殺された時も生きていたことになります。一体どういった思いでそれらのニュースを聞いたのでしょうね。

また、大正時代まで生きていたということですから、明治維新から富国強兵へ日本は変貌し、日清・日露戦争での勝利で湧き上がる様子も目撃しているのですから、何とも不思議な生涯だったと思います。

さきほどの本によると、慶喜は晩年になると非常に食べ物に対して神経質になり、いつも水とアルコールランプを携帯し、それで入れるお茶以外は一切口にしなかったそうです。どうも疫病を恐れたようですが、ある時、大好物のきな粉を顕微鏡で眺めていたら、多数の虫がいるのを発見し、それから一切きな粉を食べなかったそうです。

やはり口に入れるものにはそれほどに気をつかったようですので、長生きできたのでしょうか。

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