2016年5月23日月曜日

「20歳(ハタチ)のころ(29)」

コモ(Como)では、1泊の滞在でした。イタリア人留学生たちに別れを告げました。か れらはその大きな瞳に涙をあふれさせていました。みんなで駅舎まで見送ってくれま した。駅のホームには、再びかれらの唄うジャクソン・ブラウンの『ステイ』が響き ました。

涙が出ました。イタリア語の「チャオ(Cao)」と日本語の「サヨナラ」を交えて、 ジュリアーナやパオラたちと別れのキスをしました。列車に乗り込むと、かれらの悲 しい顔が並んでいました。発車の合図でゆっくりとホームを離れていきました。赤居 さんと列車の窓から、かれらの姿が見えなくなるまで手を振りつづけました。

「――ホントにイイ奴らですね・・・」と、後ろで手を振っている赤居さんを振り返 ると、その丸メガネの奥の細い眼はしとどの涙で濡れていました。それにつられて、 不覚にも涙がとめどもなく流れました。もうかれらに一生会えないのかもしれないと いう刹那(せつな)さに、われを忘れて涙しました。

座席に深く身を沈め、車両の単調な振動に身をまかせました。ケンブリッジでかれら と過ごした日々が思い出されました。特に、ワインバー『シェイズ』で唄い飲み明か した夜が、懐かしく浮かんでは消えました。胸にじんわりと熱いものがこみ上げてき ました。

赤居さんとふたり、おし黙ったまま、気が抜けたようにぼんやりと外の景色を眺めて いました。イタリア北部の穏やかな田園風景が車窓に流れていました。あれから30 数年、いまごろかれらはどうしているだろう――。 さぞや、みんないいオバサンや オジサンになっただろうな。

列車は、南へと進んでいました。

(つづく)

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