2010年6月30日水曜日

戦争について

吉村昭の「陸奥爆沈」を読みました。

戦艦「長門」と並ぶ日本帝国海軍の巨艦であった「陸奥」が、昭和18年6月、瀬戸内海で突然謎の大爆発を起こし爆沈した事実を、淡々とした筆致で推理していく長編ドキュメンタリー小説です。

いつもながら、史実を列挙しながらも、人間と時代というものを浮き上がらせる筆力には唸ってしまいます

死者1121名という、海軍史上最悪の大惨事はどうして起きたのか。イギリス諜報機関による謀略説、火薬庫内の弾薬が自然発火した説、敵潜水艦による攻撃説など、様々な可能性を探る中で、ひとつの新たな疑念が生まれる。

それは、日本海海戦で大勝利してまもなく大爆発を起こした旗艦「三笠」や、それ以降、太平洋戦争末まで続いた数隻の謎の軍艦爆沈事件の原因を調べていく過程の中で、乗組員水兵たちの他愛もない過失や自暴自棄に陥って自殺したことによって引き起こされた事実にたどり着き、戦艦「陸奥」の爆沈も、ひとりの二等兵曹が犯した自らの窃盗事件を苦に放火したため起ったものではないかというものです。

最終的には、戦争という壮大な殺し合いの中で、たったひとりの懊悩した水兵によって、おびただしい自国の軍人たちが亡くなったのではないかという確信に至ります。

小説の後半で、作者自身が疑惑の二等兵曹の故郷を訪ねるシーンがあります。この部分によって、戦争という悲劇の中で、はかない人間一人ひとりの人生があり、そして非情にもその全てがのみ込まれて消えてしまうという事実を描いています。戦争は、人間が自ら起こし、人間どおし殺しあうものであり、それによって苦しむのも、また人間である。

2010年6月28日月曜日

アサリ、とったどぉー!

昨日は潮干狩りに行ってきました。

とにかく面白いようによく採れるので、場所は秘密にしておきましょう。東京湾内のあるポイントとだけ云っておきます。30分ほどでバケツ一杯になるほどでした。それも粒ぞろいで、さっそく今夜の夕食で食することにします。あまりの収穫にちょっと驚いています。

アサリには栄養がたっぷりとあるようで、滋養強壮に良い食材です。アサリには鉄分・ビタミンB12が豊富に含まれており、貧血や低血圧の人には良いそうです。そのほかには、カルシウム・カリウム・亜鉛・銅・クロムなどのミネラル、ビタミン、タウリンなどが多く含まれており、特にタウリンは心臓の強化、貧血の予防、血中コレステロールの減少、肝臓機能の促進など効果があるそうです。

バターとガーリックで炒めたり、味噌汁に入れて食べたり、また、パスタと一緒に食べても美味しいですね。しっかり食べて、健康になりますように。

2010年6月27日日曜日

これからの相撲はどうなるんでしょうね

日本相撲協会が力士や親方の野球賭博問題で揺れています。

賭博への関与を認めた力士らのうち大関琴光喜関、大嶽親方(元関脇貴闘力)、時津風親方(元幕内時津海)の3人を懲戒処分とするほか、力士14人と武蔵川理事長(元横綱三重ノ海)ら理事5人を含む親方12人を名古屋場所終了まで謹慎となりました。前代未聞の不祥事です。

賭博は違法ですので、当然と言えば当然な処置といえます。また、暴力団(よく最近は反社会勢力組織といわれていますが、いわゆる頭にヤのつく自由業の人たち)が関係しているようで、問題に奥深い深刻なものがあります。

日本の伝統文化ともいうべき相撲が、朝青龍問題以来、音をたてながら崩れています。

モノの本によると、相撲見物はかつて女人禁制だったようです。それが解除されたのは明治になってからのようですが、今でも土俵に女性は上がれないないようです。それもひとつの伝統なのでしょうか。

江戸時代の相撲見物は野外で、夏などはもちろんエアコンもなく、それはそれは暑い中、ムンムンと汗臭い男たちがひしめき合い、まるで蒸し風呂状態だったようです。途中、上から水を観客に向けて撒いていたというんですから、威勢がいい。そりゃ、血の気の多い男たちは興奮したでしょうね。女性の入りこめる余地はやはりなかったようです。

これからしばらくは、相撲人気の停滞が続くことでしょうね。以前のような若貴ブームが起こらない限り。

2010年6月24日木曜日

一体いつの間にこんなに借金が・・・

参議院選挙が今日からスタートしました。

消費税引き上げ議論が、今回の争点の一つになっているようです。どういうことから現行の5%から10%に増税をということになったのか判然としません。

事業仕分けで名を上げた蓮舫議員にいわせると、「どうして10%でなければいけないんでしょうか? 9%ではだめなんでしょうか?」ということになるでしょう。10%にしたほうが、税金分の計算がしやすいということでしょうか。

国の抱える借金は、平成20年度末で553兆円に上るそうです。数字をならべてみると、553,000,000,000,000円ということになります。

この借金を、新生児から高齢者まですべての国民で負担するとして、一人当たり433万円になります。4人家族の一般家庭で、1732万円の借金ということになります。1カ月あたり、144万3千円です。

すごい借金ですね。ふつうの会社だったら当の昔に完全に潰れています。この間の事業仕分けで、いかに税金の無駄使いというものが横行しているかが暴かれましたが、もうすでにつぎ込んだ事業やハコモノなど、長年湯水のごとくに浪費された血税による借金が重くのしかかっている結果のようです。そしてその借金残高は年々増加しているようです。

やはりもうそろそろ消費税を引き上げる時期にきているのかもしれませんね。


2010年6月23日水曜日

ある問題について

脳学者、茂木健一郎氏のブログをほぼ毎日読んでいます。

その中に、「すべての問題は、個人的な問題である。 (Every problem is a personal problem) 」という一節があります。それを最初読んだときにはピンとこなかったけれど、いま反芻してみると、確かに真理が含まれていると思います。

世の中には様々な問題が山積しているけれども、それらは人それぞれの認識の違いによって、まったく問題ではないものも多い。いま自分が抱えている問題も、他人には問題でもなんでもない場合がある。直面している問題は、捉えかたによっては、あくまでもその当人の問題であり、肉親であろうが、まったく感知しないものとなる。

どうして自分のことを判ってくれないのかと悩むよりも、目の前にある問題を直視し、自ら解決するように努力することが大事だと思う。他人の同感を得、協力をお願いすることはできるが、何事も自分から行動を起こさない限り、何も解決しない。

問題の種類も、その人それぞれの考え方、生き方によって、変わってくる。絶えず問題意識をもって物事に接する人と、何不自由なく生活し、悩みや気苦労のない人との問題の内容も、意識のレベルも違ってくる。

生活環境の違いや、人種、性別、年齢的要因によって、持ち上がる問題も違ってくるし、今日の問題は明日の問題ではない場合がある。

「すべての問題は、個人的な問題である。」、まさに名言である。

2010年6月22日火曜日

有名人との遭遇

いまからちょうど12年前、かなり奮発して新婚旅行はタヒチに行きました。

美しい珊瑚礁に囲まれたボラボラ島のレストランで、夕日を眺めながら夕食をとっていると、新妻(!)が、しきりに目配せをします。

何だろうと思って、ふっと振り返ると、ちょうど後ろのテーブルに、ハリウッドスターのカート・ラッセルとゴールディ・ホーンが仲睦まじく食事をしていました。

カート・ラッセルは映画「バックドラフト」、ゴールディ・ホーンは「プライベイト・ベンジャミン」などで有名です。

帰りのレジで、ちょうどカート・ラッセルの前になったのですが、以外に背が低いのが驚きでした。どこにでも居そうな気の良いオジサンでした。

最近では、2年前、慶應大学病院に入院した時、1階のロビーで、かつての大横綱、大鵬を見かけました。車いすに座っていて、弟子に押されて病棟の方へ向かっていました。

子供のころ、「巨人、大鵬、卵焼き」と云われた、あの大鵬です。ずいぶん年をとったんだなぁ、というのが印象でした。

それから、マイナーなところでは、同じ慶應大学病院の地下にあるローソンで、日本女性で初めて宇宙に行った、宇宙飛行士の向井千秋さんのご主人、向井万起男氏に出会いました。

奥さんの千秋さんが宇宙へ旅立つまでの日々をつづった、「君について行こう」を読んでいたので、見かけた時には、「ア、あの万起男さんだ!」と思いました。今も慶應大学の先生だったんですね。特徴的なおかっぱの髪型が印象的でした。

他には、10数年前にタイに旅行に行った帰り、香港の空港で、現在ネプチューンの名倉潤の奥さん、渡辺満理奈を見かけましたし、7年ほど前には、東京の広尾で、石田純一を見かけました。何やらあわてたように、お店から出てきて、タクシーに乗り込んで行きました。

5年ほど前には、千葉のゴルフ場で、ハーフが終わってクラブ・ハウスで食事をしていると、野口五郎が後ろのテーブルで同じように食事をしていました。やはり見るからに足が短かった。


カート・ラッセルとゴールディ・ホーン


2010年6月21日月曜日

紫陽花について

いまこの梅雨時期に咲く花で、紫陽花(アジサイ)がある。

ピンクや白、または、薄いブルーの大きな花は美しい。春の桜ほどではないが、ぼくにとって好きな花のひとつだ。それに、雨にしっとりと濡れて、路傍に咲いている花は情緒があって、特に好きだ。古くから万葉集などにも歌われているようだ。

幕末の長崎にいたドイツ人医師、シーボルトは、日本に滞在中、各地の様々な植物を採集し、日本人絵師にスケッチさせたらしい。そのひとつに紫陽花があった。シーボルトは、それに、「otakusa (おたくさ)」と名付けた。愛妾の楠本滝(お滝さん)からの命名である。

ふたりの娘が、日本女性で初めて西洋医学を学んだ楠本イネである。司馬遼太郎の小説「花神」では、四国の宇和島で、村田蔵六(後の大村益次郎)に医術を学んでいる。また、吉村昭の小説「ふぉん・しいほるとの娘」に詳しい話が載っている。

近いうちに、愛媛へ行って、楠本イネや、「坂の上の雲」の主人公たちの足跡を辿ってみたい。


2010年6月20日日曜日

蛍(ホタル)

昨晩、ホタル狩りに行ってきました。

幸いにも、自宅から歩いて行ける所にホタルの里があります。そこには、小川のほとりに木製の短い遊歩道が設えられています。月明かりに照らされ、その上を歩いていくと、闇の中をゲンジボタルがボーッポーッと光ながら飛んでいました。あちらこちらで光ったり消えたり、なんとも幻想的でした。

しばらくボンヤリ見ていると、案内の人が別の観察ポイントへ連れていってくれました。2・3分ほど暗い山道を歩いて行くと、両側に数段の田んぼがあり、そのあぜ道沿いに、今度はヘイケボタルがいくつもの光を点していました。まるでイルミネーションのようでした。ふたりの娘たちも大喜びで、一匹ずつそっとすくうと、手の中でボーっと光っています。

昔からホタルは、はかなく短い命のたとえとして、また、悲恋の象徴として数々の歌に詠まれています。最近では、きれいな水辺を取り戻そうといった、環境問題の象徴となっているようです。

久しぶりに心の洗われるような時間を過ごすことができました。


2010年6月17日木曜日

Facebook

Facebookの使用者が爆発的に拡がっています。

ぼくの周りのアメリカ人たちのほとんどが、Facebookを使って、親兄弟や友人たちとコミュニケーションをとっています。自分の近況を書き込んだり、最近撮った写真を載せたり、それについてコメントを書き込んだり、いわゆるソーシャル・ネットワークの極致とも云うべき双方向コミュニケーション・システムです。

そしてそのネットワークは、ネズミ算式に増え続けています。「友達の友達は、また友達」とも云うように、その輪は拡がり、膨れ上がっています。そういうぼくもFacebookのアカウントを一応持っていますが、いまひとつ熱中できません。いったん書き込み始めると、キリがないように思います。

友人の写真を見て、コメントを書き込もうとも思いませんし、自分の撮った家族の写真や、身近な写真をアップロードして、みんなに見てもらおうとも思いません。ひとつのコメントに対して、いろんな仲間が書き込みをし、いわゆるコントロール不能状態で炎上しているものもあるようです。

このブログのように、シコシコと自分の思うままに書き連ねるのが、ぼくの性に合っているのかもしれません。


2010年6月16日水曜日

星に願いを

「鳩」去って、「はやぶさ」帰る。

小惑星探査機「はやぶさ」が、60億キロメートルという遠い旅を終え、日曜日に地球に帰還しました。実際は、「はやぶさ」本体は大気圏突入時に燃え尽きてしまったようですが、突入前に切り離した、小惑星「イトカワ」の砂を採取したであろうカプセルが、オーストラリアの砂漠で無事に回収されました。

60億キロメートルを数字で表すと、6,000,000,000キロメートルとなります。途方もなく遠い。果てしなく広がる宇宙空間の中、7年もの間ひたすら飛び続け、大海に漂う小さなゴミともいえる小惑星にたどり着き、地表のサンプルを採取して、また地球に帰ってきました。そのミッションを完結させる技術たるや計り知れないものがあります。ただただ驚くばかりです。

しかし、限りなく拡がる宇宙の広さを考えると、60億キロメートルといっても、玄関から出て、すぐに戻ってきたようなものでしょうね。私たちが住むこの地球は銀河系の中にあります。そして地球から銀河系の中心までの距離は3万光年だそうです。光は1秒間に地球を7周半(30万キロメートル)するそうですから、つまりピカッと光った光が3万年かかって中心に届くということになります。銀河系の隣にあるアンドロメダ銀河は、銀河系から230万光年も離れているそうです。考えただけでも気が遠くなります。

私たちが、いま目にする夜空に瞬く星たちの煌めきは、何千年もの遥か昔にキラリと光った光が、無限に拡がる宇宙空間を突き抜け、やっと届いたことになります。いま見ている星の光は、ベツレヘムで産声をあげたイエス・キリストが生まれた瞬間に光った光かもしれません。


そんなことをツラツラと考えていると、人間の一生とは何と短いのでしょう。ほんの一瞬です。くよくよと悩む暇などありません。


2010年6月15日火曜日

愛国心について

現在開催されているワールドカップ南アフリカ大会で、日本チームがカメルーンに1対0で勝ちました。予想では、日本にとって非常に厳しいゲームになるところでしたが、勝ち点3をもらって滑り出し上々です。次の相手は優勝候補、オランダのようです。ジャパン・イレブンの健闘を祈ります。頑張れ、日本!

実を言うと、ぼくはサッカー・ファンではありません。テレビのサッカー中継はほとんど観ないし、今回のカメルーン戦も観ていません。いったん観始めると、面白いのですが、J リーグでの贔屓のチームや選手もいないし、どうも熱中してTV観戦する気にならない。しかし日本チームが勝ったと知ると、やはり嬉しいものです。この感情は、世界大会やオリンピックでの日本選手の活躍を見るたびに抱くもので、自国を愛するという自然な感情でしょう。

「愛国心」

こう書くと、どうしても軍国主義や右派と結びついてしまうような気がします。アメリカによって指導された戦後教育のひとつの弊害として、真に国を愛するという感情が、なんとなく罪悪感を伴ってしまうのは否めません。国旗掲揚や君が代斉唱時における不起立問題など、戦後65年を経た今でも、愛国心を示す行為に対して抵抗感があるようです。

たとえば、愛国心を母国愛と呼んではどうでしょうか?それとも郷土愛。 自分のふるさとを愛する心というものは誰にでもあります。そしてそこには自分の両親や兄弟、また友人たちも住んでいることでしょう。彼らを慈しむように、自分の生まれ育ったふるさとを愛する。また、家族を愛するように、いま住んでいる街や地域を愛する。そういった身近な地域から次第に想いを拡げていけば、国を愛する心といったものが自然と生まれてくると思うのですが・・・。

愛国心と言うと、深く印象に残っている出来事があります。ちょうど3年ほど前、出張でコロラドのデンバーに行きました。その時、現地で知り合ったアメリカ軍人の一人と地元の有名なジャズ・バーに行きました。彼は軍服を着ていたのですが、そこに来ていたお客の数名から、「国に奉仕してくれてありがとう!」と声をかけられ握手を求められていました。日本において自衛隊員に対して、そのような声をかけるでしょうか? アメリカ人の愛国心(Patriotism)というものに感銘を受けました。

2010年6月14日月曜日

Rainy Season

西日本各地は梅雨入りしたようです。東日本も今週中には梅雨入り宣言が出るでしょう。

それにしても雨の日が多い一年のこの時期をどうして梅雨と呼ぶのでしょうか?ウィキベディアによると、以下のような説明になっています。

梅雨の語源としては、この時期は梅の実が熟す頃であることからという説や、この時期は湿度が高く黴(カビ)が生えやすいことから「黴雨(ばいう)」と呼ばれ、これが同じ音の「梅雨」に転じたという説、この時期は“毎”日のように雨が降るから「梅」という字が当てられたという説がある。普段の倍、雨が降るから「倍雨」というのはこじつけ(民間語源)である。

いずれにしても、雨期と呼ばずに梅雨と呼ぶのは、なんとも日本的で情緒があり、奥ゆかしい。そぼ降る雨の中、梅の香がほんのりと漂ってくる情景が浮かんできます。この梅雨のお陰で、日本列島は四季の変化に富み、緑が豊かになり、農作物もスクスクと育つのでしょう。近年のゲリラ豪雨のように、集中豪雨による自然災害が起こらないことを祈ります。


2010年6月12日土曜日

ゴルフはスポーツか?

一体、ゴルフはスポーツなのか単なるゲームなのか?

静止しているボールを14本のクラブで打ち、18ホールをまわって、それぞれのカップに出来るだけ少ない回数で入れるという基本的なルールをみると、ゲームのような気がしないでもない。たとえば、ビリヤードやダーツのように。

しかし、ゴルフを愛するものにとって、やはりスポーツであると強く思う。サッカーやテニスのように絶えず動き回り、体力と気力がそのプレーにおいて決して重要であることはないが、正確なショットを生み出すために日々身体を鍛え、練習し、心技一体を要する。

やはりタイガー・ウッズの登場はその意味において大きい。また、人気の石川遼にしても、昨今のゴルフはアスリート・ゴルフといえる。決して、ボールをカップに入れるだけのゲームではない。ゴルフがスポーツの祭典ともいえるオリンピック競技に今回採用されたのも、やはりゴルフはゲームではないと言える。

そう、ゴルフは健康にも良い。きれいな空気を吸い、緑の自然の中を歩く。身体にとってこれほど良いスポーツはない。

そしてぼくは明日も練習場に足をはこぶ。


2010年6月11日金曜日

新総理と民主党に期待をこめて

-菅新総理に捧げる言葉-

「義を為すは、毀(そしり)を避け誉(ほまれ)に就くに非(あら)ず」 - 古代中国の思想家 墨子

(世のためにすることは、人から悪口を言われることを恐れたり、誉められるためではなく、人として当然のことをなすことである)

-新しく政権をとった民主党に捧げる言葉-

「人は艱難(かんなん)を共にすべくも、安楽を共にすべからず」 - 中国史書

(人は、困難な状況にあって、手をたずさえて死にもの狂いで戦うことはできても、いったん成功してしまうと、安楽や富貴、栄達を求めて仲違いするようになる)

2010年6月10日木曜日

あなたは私の親戚かも・・・

先週金曜日から4日間ほど、妻の両親が久しぶりに下関から訪れていた。

ふたりの娘たち(つまり孫たち)の運動会を見学し、長年会っていない関東に居る親類を訪問するためらしい。義理の息子としては気を使うところだが、幸いなことに、両親とは仲が良く、滞在中は楽しかった。出来ればもう少し長く居てほしいところだったが、千葉にいる義兄(つまり実の息子)の所へも行かねばならないとのことで、残念ながら4日間だけとなった。

それにしても人の縁というものは不思議なものだ。以前まで何の接点もなかった男女が結婚すると、突然、親戚という繋がりが出来る。そしてその繋がりは2倍にも3倍にも拡がり、ある有名人がいつの間にか遠い親戚となる。ある本で読んだ覚えがあるが、聖徳太子の時代まで遡ると、現在の日本人はどこかで繋がっており、すべて「親戚」になるらしい。そのうち世界の人たちはすべて親戚になってしまうのだろうか。

人の縁というネットワークは限りなく拡がり、接点が出来るたびに次第に強くなるような気がする。まさに、「人類みな兄弟」。脳の中の1つ1つのシナプスが、ある化学反応によって一旦繋がると、無数の神経回路ができるように、また、インターネットという電脳空間で絶えずリンクされ膨張するネットワークのように、人間の繋がりは果てしなく、無限だ。

そう、いまのこの時点でも、人の縁というネットワークは拡がっている。

2010年6月9日水曜日

プロフェッショナルについて

先日、鳥飼玖美子氏の「歴史をかえた誤訳」を読みました。

日米の文化やものの考え方の違いによって起こった、歴史上の様々な誤訳について書かれた本です。日々英語に接している関係上、興味深く一気に読み切りました。

その中の話の一つに、アポロ11号で人類初の月面着陸を果たした時のエピソードがあります。月面に最初の一歩を踏み出したアームストロング船長の第一声は、

“This is one small step for man, but a giant leap for mankind”

でしたが、その当時、同時通訳をしていた通訳者たちは一瞬戸惑ったらしい。というのも、そのまま訳すと、

「これは人類にとっては小さな一歩ですが、人類にとっては大きな飛躍です」

となるからです。つまり、まったく意味が通じない。しかしながら、結果的には

「これは一人の人間にとっては小さな一歩ですが、人類にとっては大きな飛躍です」

となった。なぜ通訳者たちが戸惑ったかというと、どうもアームストロング船長が緊張と興奮のあまり、”man”の前に不定冠詞”a”を入れなかったかららしい。”man”だけだと「人類」と訳されるから。

それにしても、同時通訳者たちの感覚の鋭さには驚くばかりです。


2010年6月5日土曜日

最近の運動会

今日は娘ふたりの小学校の運動会でした。

晴天にも恵まれ、まさに運動会日和の一日でした。帰宅して鏡を見ると、日焼けして鼻のアタマが赤い。

ところで最近の運動会で飲酒は禁止されているんですね。以前だったら缶ビールでも飲みながら、ゴザにでもゴロリと寝ころんで観戦していましたが、いまでは一切飲めません。缶ビール一本もダメのようです。運動会はそっちのけで、酒盛りをして酔いつぶれる大人たちがいたのが原因でしょうか?なんとも寂しいかぎりです。カメラを片手に娘たちの姿を追いかけていたら、隣にいた男性たちが、「まったく飲んじゃいけないってから、今日は水筒に酒入れてきたよ」って言ってました。やはりそこまでしても飲みたいんでしょうね。

それに校庭内は一切の喫煙が禁止です。スモーカーにとっては肩身の狭い世の中になってきましたね。校門の外に集まって吸っている人たちの姿が異様でした。

2010年6月4日金曜日

エコ生活について

水曜日に新しくガス給湯器を設置しました。最近よく耳にする「エコ・ジョーズ」という製品です。

それまで使っていた給湯器はもう9年目に入っていました。通常は12年くらいが耐用年数らしいのですが、最近シャワーの温度調節に少々の問題があり、突然壊れて、新しい給湯器を取り付けてもらうまでお風呂に入れないと困るので、思い切って取り替えました。

ところが、取り付けてもらった当日の夜にシャワーを使うと、まったく温水が出ません。蛇口からも冷たい水しかでないのです。怒り心頭です。早速、妻が営業の担当者に苦情の電話をしたところ、明日点検しますとの返答でした。冷たいシャワーを浴びて風呂場を出てそれを聞くと、いつもは冷静なぼくもワナワナと身体が震えるほどの怒りがこみ上げてきてしまい、担当に電話して怒鳴り散らしました。取り付けたその日にもう故障だとはどういうことか、もしかしたら中古か欠陥品を取り付けたのではないか、どうして取り付けた後に温水が出るのを確認しなかったのか、と烈火のごとくまくし立てました。

担当者も、ぼくのあまりの剣幕に屈し、もうすでに夜も遅かったのですが、工事した担当者を寄こしました。しばらく原因を調査していましたが、給湯器には何の不具合も見られない、どうも既存の混合水栓に問題があるようだとのことでした。水栓弁がうまく作動していないため、シャワーを使うたびに温水に水が流れ込み、温度調節が出来ていないとのことでした。もしそれが原因なら、どうして取り付けたときに発見できなかったのかと問い詰めますとその時にはたまたま水栓弁の調子がよかったのでしょうとのことでした。納得できない!

結局はその混合水栓一式の取替えが必要ということになり、給湯器代とは別に、3万数千円の新たな出費になりました(嗚呼)。環境にやさしい製品を購入したとのことで、後日、国から2万円ほどの補助があるそうですが、それもこの支払いに消えてしまいそうです(苦笑)。地球の環境には良いのかもしれないが、我が家の家計には影響大です。エコ生活がセコ生活になりそうです。

2010年6月3日木曜日

鳩山首相の辞任について

一体この国はどうなってしまったんでしょうか?

世界第2位の経済大国の首相が1年も経たずにまた辞めるなんて・・・(嘆息)。安倍首相から数えると、福田首相、麻生首相、そして今回の鳩山首相。また、それぞれ政治家一家の2代目・3代目という共通のバックグランドを持った4人です。

総理大臣になったという歴史に名を刻めば、それで由とする考えなのでしょうか。別にあくせくと仕事をしなくても何も不自由しないでしょうから、簡単に辞められるのかもしれません。あまりに無責任な突然の辞任としか言いようがありません。なんとも情けない。

小さい頃、将来の跡取り息子として大事に大事に育てられた環境では、1国を引っ張っていく強いリーダーにはなれないのかもしれません。その意味において、政治家の世襲は禁止すべきです。あまりに精神的に軟弱なボンボンが多すぎる。非常な努力と行動力で、日本を明治維新へと導いた偉大な壮士たちのような、もっとこの国を良くしようといった高い志をもった人が政治家になるべきです。

いまの状態だと、これからの国の将来が心配です。

2010年6月2日水曜日

知的興奮について

現在、ハーバード大学のマイケル・サンデル教授によるJUSTICEの講義をオンライン上で聴講(?)しています。毎日チェックしている茂木健一郎氏のブログでも紹介していた講義です。NHK教育テレビでも毎週日曜日に放映しているようです。

世界で一流の頭脳をもった学生たちが集まるハーバード大学で、創立以来、一番人気のある講義らしく、その内容は非常に興味深く、思索に富み、いままで考えたこともない様々な事案について深く考察させる内容です。

画面上で見る限り、いろんな人種の学生たちが講堂に一同に会し、自分の考えを堂々と発表し議論している様子は、素晴らしい知的興奮を起こさせます。このような環境で学ぶことのできる学生たちは羨ましい限りです。日本の学生たちも確固たる自分の考えを持ち、彼らのようなディベイト力を養う機会が必要なのかもしれません。

もう一度学生時代に戻って、とことん勉強を一からやり直したい気持ちになりました(苦笑)。


2010年6月1日火曜日

ゴルフについて

昨日、本当に久しぶりにゴルフに行ってきました。

千葉県市川市にあるタクエー・カントリークラブです。昼食込の8千数百円とリーズナブルな料金でした。天気にも恵まれ、友人たちと楽しくラウンドできました。欲を言えば、もうすこしスコアーのアップがあれば、もっと良かったかもしれません。

しかし、ゴルフをしない人にとっては、どうしてあんな小さなボールを打って楽しいのかと思うでしょうね。ぼくも若いころはテニスに夢中でしたので、ゴルフはオジサンのスポーツで、金はかかるし、絶対にやらないだろうと思っていましたが、いまではハマっています(汗)。

簡単にいえば、100ヤードくらいから600ヤード超の先にあるカップに3回から5回でボールを入れるゲームですが、これがやり始めると奥が深く、うまく打てた時や、パッティングでボールがカップに入ったときの快感は堪えられません。また、スイング理論や道具にこだわりだすと、ハマりにハマります。

ある人が、「ゴルフは人生の縮図のようだ」と言ったそうですが、コース内で直面する様々な問題を自己責任で解決していくプロセスは相通ずるものがあるのかもしれません。コースに出るまでは日々練習場に通って自分のスイングを磨き、いったんコースに出ると、1打1打に集中して、日ごろの成果を発揮することに努める。スコアーをまとめることが出来なかったら、また練習をして、次のラウンドに懸ける。

ウチのに言わせると、「何で高い金を払ってまで、また新たにストレスを溜めに行くの?」ってことですが、ゴルフの面白さは実際やってみないと解らないだろうな。

さて、次の予定をたてようかな。

Readers