2015年7月19日日曜日

「20歳(ハタチ)のころ(23)」

パリを出発した列車は、ずいぶんと長い間フランス国内を走りました。列車の単調な揺れと振動音に、疲れてもいたので、床に座り込んでリュックを抱えて眠ってしまいました。ふと眼が覚めて前を見ると、途中から乗り込んできた若いカップルが、同じように座って肩を抱き合って眠っていました。隣を見ると、赤居さんがスヤスヤと寝息を立てていました。

列車が突然音を立てて停止しました。スペインとの国境に到着したようでした。イルン(IRUN)という名の駅でした。これからスペインへの入国手続きをするため、パリから乗ってきた列車を降りました。暗い中、目を凝らしてみると、フランス側の駅舎は大理石造りで、スペイン側は粗末なものでした。そんなところにも、まさに両国の経済力の差が出ているようでした。

入国手続きを済ませると、スペイン側の列車に乗り換えました。本当かどうかは判然としませんが、フランス側とスペイン側では線路の幅が違っているので、乗り換えなければならないようでした。新たに乗り込んだ列車は年季の入った車両でした。それだけで、もうスペインへ入国したんだなぁ、と感慨深いものがありました。

今度は座席も空いていました。長い間、床に座っていたので、お尻が痛くなっていました。古くなってスプリングのあまり効かない座席でしたが、床よりはマシでした。車両が古いので、フランス側の列車よりも揺れや振動が大きいように感じました。しばらく走って窓の外を眺めると、一面砂漠のような景色が広がっていました。

太陽が次第に上り始めました。列車内の冷房もあまり効かないようで、暑くなってきました。汗がじっとりと出てきました。しばらく砂漠の中を走っていると、突然、車両の両サイドから白い煙が立ちのぼってきました。故障かな、と思って、隣の座席の乗客に尋ねると、たぶん速く走りすぎたので車輪と車軸との摩擦で煙が出たんだろう、と屈託(くったく)のない顔で笑っていました。唖然(あぜん)としてしまいました。

窓の外を見ると、運転手が車輪のあたりを調べていました。しきりに首を傾げているその様子には、別段、慌てているようでもなく、よくある不具合のようでした。隣の乗客が言ったことも、まんざら冗談ではないのかな、と思えました。その後、何事もなかったように、列車はまた走り出しました。目的地のマドリッドは、まだ遥(はる)か遠くにありました。

(つづく)

2015年7月7日火曜日

「20歳(ハタチ)のころ(22)」

パリでは、結局2泊しました。もっと美術館巡りなどもしたかったのですが、時間的、金銭的制約もあり、希望通りにはいきませんでした。石畳通りに面したカフェに座り、道行く人たちをボンヤリ眺めて過ごしました。

赤居さんはというと、隣でしきりにガイドブック『地球の歩き方』を読んでいました。これから訪ねる場所の確認をしているようでした。まさに赤居さんを頼りにしている旅行でした。赤居さんが一緒に居ないと、確実に路頭に迷ってしまったかもしれません。

パリの街角を彼方此方(アチコチ)歩き回ったので、二人とも汗をかいていました。長髪の頭も次第に痒(かゆ)くなってきていました。そこで市民プールへ行くことにしました。思いっきりシャワーを浴びて、温泉にでも浸かっているように、プールでしばらくプカプカ浮いていました。

身体を洗うのに石鹸を使えたらよかったのですが、そうも出来ませんでしたので、プールの水でゴシゴシと身体を擦(こす)りました。赤居さんも同じように擦っているのを見て、思わず爆笑しました。憧れのパリに来て、プールでしきりに身体をクネクネさせながら擦っているのは、なんとも滑稽でした。まわりにいた人たちに気づかれはしませんでしたが、さぞかし迷惑だったでしょうね。二人ともサッパリとリフレッシュして、次の目的地であるスペインのマドリッド(Madrid)へと向かいました。

夕方、パリの駅を出発しました。マドリッドへは次の日の到着予定でした。夕暮れのパリは美しく、立ち去るのは名残惜しい気持ちがありました。しかし、これからヨーロッパ中を訪ね歩くのですから、そうも言ってはおれません。列車に乗り込むと、座席はどれも一杯でした。仕方ないので、赤居さんと車両どうしの連結部分脇の床に座り込みました。このまま夜通しここで過ごすのかと思うと、憂鬱(ゆううつ)になりました。

時折、立ち上がっては、出口ドアの窓を通して、外を流れる景色を眺めていました。暮れなずむ空には、ぽっかりと銀(しろがね)色の月が浮かんでいました。パリの郊外に出ると、一面、どこまでも田園風景が広がり、フランスは豊かな農業国であるということが分かりました。列車は単調な振動音を繰り返していました。月明かりに照らされた風景を見ていると、旅愁が感じられました。月が列車と並走していました。次に訪ねるマドリッドでは、ブライトンで同居していたサルバに再会する予定でした。手紙には、奥さんと一緒に首を長くして待っている、とありました。

途中、どこの駅かは分かりませんが、若いカップルが白い子犬を連れて、乗り込んできました。二人とも大学生のようでした。私たちの反対側の床に肩を寄せあって座っていました。子犬がそんな二人のまえでクンクンと鼻を鳴らしていました。お互い愛し合っていて、とても幸せそうでした。30数年経ったいまでも、古い映画のワンシーンのように、その情景が浮かんできます。いまでも覚えているのは、そんな二人の姿を横目で見ていて、余程、羨(うらや)ましかったのかもしれません(苦笑)。あの二人はその後、きっと幸せな結婚をしたでしょうね。そして、おそらく犬を飼っていることでしょう。

(つづく)
 

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