パリでは、結局2泊しました。もっと美術館巡りなどもしたかったのですが、時間的、金銭的制約もあり、希望通りにはいきませんでした。石畳通りに面したカフェに座り、道行く人たちをボンヤリ眺めて過ごしました。
赤居さんはというと、隣でしきりにガイドブック『地球の歩き方』を読んでいました。これから訪ねる場所の確認をしているようでした。まさに赤居さんを頼りにしている旅行でした。赤居さんが一緒に居ないと、確実に路頭に迷ってしまったかもしれません。
パリの街角を彼方此方(アチコチ)歩き回ったので、二人とも汗をかいていました。長髪の頭も次第に痒(かゆ)くなってきていました。そこで市民プールへ行くことにしました。思いっきりシャワーを浴びて、温泉にでも浸かっているように、プールでしばらくプカプカ浮いていました。
身体を洗うのに石鹸を使えたらよかったのですが、そうも出来ませんでしたので、プールの水でゴシゴシと身体を擦(こす)りました。赤居さんも同じように擦っているのを見て、思わず爆笑しました。憧れのパリに来て、プールでしきりに身体をクネクネさせながら擦っているのは、なんとも滑稽でした。まわりにいた人たちに気づかれはしませんでしたが、さぞかし迷惑だったでしょうね。二人ともサッパリとリフレッシュして、次の目的地であるスペインのマドリッド(Madrid)へと向かいました。
夕方、パリの駅を出発しました。マドリッドへは次の日の到着予定でした。夕暮れのパリは美しく、立ち去るのは名残惜しい気持ちがありました。しかし、これからヨーロッパ中を訪ね歩くのですから、そうも言ってはおれません。列車に乗り込むと、座席はどれも一杯でした。仕方ないので、赤居さんと車両どうしの連結部分脇の床に座り込みました。このまま夜通しここで過ごすのかと思うと、憂鬱(ゆううつ)になりました。
時折、立ち上がっては、出口ドアの窓を通して、外を流れる景色を眺めていました。暮れなずむ空には、ぽっかりと銀(しろがね)色の月が浮かんでいました。パリの郊外に出ると、一面、どこまでも田園風景が広がり、フランスは豊かな農業国であるということが分かりました。列車は単調な振動音を繰り返していました。月明かりに照らされた風景を見ていると、旅愁が感じられました。月が列車と並走していました。次に訪ねるマドリッドでは、ブライトンで同居していたサルバに再会する予定でした。手紙には、奥さんと一緒に首を長くして待っている、とありました。
途中、どこの駅かは分かりませんが、若いカップルが白い子犬を連れて、乗り込んできました。二人とも大学生のようでした。私たちの反対側の床に肩を寄せあって座っていました。子犬がそんな二人のまえでクンクンと鼻を鳴らしていました。お互い愛し合っていて、とても幸せそうでした。30数年経ったいまでも、古い映画のワンシーンのように、その情景が浮かんできます。いまでも覚えているのは、そんな二人の姿を横目で見ていて、余程、羨(うらや)ましかったのかもしれません(苦笑)。あの二人はその後、きっと幸せな結婚をしたでしょうね。そして、おそらく犬を飼っていることでしょう。
(つづく)
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