2008年12月21日日曜日

セカンドオピニオン(2)

さすがは慶應義塾大学病院の医師だと思った。

先週水曜日、仕事の休みをとって、診察を受けた。JR中央線信濃町駅前にある慶應病院に着いたのは、早朝7時過ぎだった。初診受付は8時40分からなのだが、紹介を受けた方より出来るだけ早目に受付を済ませた方がよいとの助言を得て、夜明けとともに自宅を出た。

ウェブページにも記載されてあるとおり、慶應病院での外来診療は原則として他の医療機関からの紹介状(診療情報提供書)が必要である。厚生労働省より高度医療を提供する「特定機能病院」として承認されている。他の病院での診断結果に納得できない患者が、セカンドオピニオンを得る目的で来院することが多いらしい。しかしその場合、まずはセカンドオピニオン外来へ回されるが、完全予約制になっていて、費用も30分で21,000円と高額である。

それを避け、直接希望の医師に診察を受けられるように、助言を受けて、初診受付では一切セカンドオピニオンを得たいとは言わず、当病院の診察を受けたいと申し出た。最初は現在の症状を訊かれ、まずは総合内科へ回された。その時、持参した検査結果と紹介状を渡した。それを見た看護師はセカンドオピニオンを得たいのかと訊いたが、あくまでもそれは否定し、なんとか目的の神経内科へもぐり込むことが出来た。

10分程の診察であったが、そのテンポのよい的確な診察には感心した。市民病院の医師には到底及ばないだろうことが素人の自分でもはっきりと認識できた。その診察技術の差には明らかな違いがあった。瞬時に症状の問題点を突き留めたようだった。次の日には頸部のMRIを撮った。来月は頭部のMRI撮影の予定になっている。

2008年12月13日土曜日

セカンド・オピニオン

今夏、髄膜炎により2週間入院した。

それ以前、ひと月ほど頭痛、微熱と吐き気が続いていた。風邪かな、と思い、市民病院内科の診察をうけた。血液検査の結果、ウイルスに感染しているようだが、数日もすれば回復するでしょうとの診断だった。

しかし、1週間経っても一向に症状の改善はみられなかった。もういちど同じ内科に行き、その旨を伝えた。今度は、レントゲンと尿検査を受けた。結果は、別段変ったところはみられないとのことだった。しかしながら、現在の症状を考えると、その結果には納得できないと訴えると、神経内科の診察を受けてみますかとのことであった。

早速、その足で2階にある神経内科の診察を受け、中央処置室で腰から髄液を採られた。麻酔を打たれて、しばらくは動けずベッドに横たわっていると、先程の神経内科の医師が来て、「即入院です。髄膜炎の疑いがあります」と告げられた。

2週間の入院中、終日点滴、MRIやCTスキャン、脳波、また放射線注射後の全身のMRI検査を受けた。その結果は別段変ったところはみられないとの診断であった。2度目の髄液検査を受け、数値も下がってきて快方に向かっている、もう悪化することはないので退院できるとのことであった。しかし2週間は自宅静養が必要と診断書をもらって傷病休暇をとった。

入院中に受けた血液検査の結果が思わしくないとのことで、神経内科とは別にリウマチ科の診察も受けた。その結果は、血小板とリンパ球の値が小さいとのことで、更にあと1か月は静養した方が良いとの診断であった。なぜ数値が低いのかは判らないとのことだった。

1か月半の自宅静養中、一度通院をした。その時は体調も少し改善していた。しかし2度目の通院前には頭痛が続いていた。首の後ろに違和感があり、頭を動かすと痛みがあった。その旨を伝えると、神経内科の医師は、髄膜炎はすでに治っているので、たぶん、ストレスか筋肉の緊張による痛みでしょうとのことであった。

リウマチ科の医師に痛みを伝えると、レントゲンをとってくれた。その結果、後頭部と首にかけて白い影が見える、それが何であるかは判らないのでCTを撮ってみましょうとのことであった。しかし、CT検査の予定が詰まっており、3週間後の予約を入れた。もし、レントゲン写真の解析をして緊急を要する場合は、連絡をしますとのことであった。

この結果には落胆すると同時に憤慨した。入院中にあれほどMRIやCTスキャンを受けているのに、今になって白い影があると云われても困る。明らかな見落としではないかとおもった。

知り合いにそのことを話すと、他の病院に行って、セカンド・オピニオンを得た方が良いとの助言を得た。彼の知っている慶応義塾大学医学部付属病院の医師に連絡をとってくれた。それによって、以下のような指示を受けた

①  慶應義塾大学医学部付属病院神経内科でセカンド・オピニオンを受けますので、紹介状を書いて下さいと伝えること。

 

②  CTスキャン、MRIやレントゲン他、諸々全てのデータをCD-ROMに落してもらうこと。

 

③  一番新しい血液検査の結果をもらうこと。

 

④  髄液を培養した結果をもらうこと。


来週月曜日にもらえることになり、セカンド・オピニオンを得る予定になっている。



2008年12月5日金曜日

関東大震災

吉村昭の「関東大震災」を読んだ。

大正12年9月1日、駿河湾を震源地に起きた大地震を、様々な資料を凌駕し貴重な体験談をもとに克明に描いた記録文学である。

関東一円に未曾有の大災害を起こし、不幸にも何十万という人々が亡くなっている。興味深いのは、地震によって倒壊した家屋に押しつぶされて亡くなった人たちよりも、その後に各地で起きた火災によって亡くなった人たち、またそれに伴う烈風に巻き上げられたり、火の手から逃れられず川へ飛び込み水死した人たちが実に多かったことである。

また殊に、地震発生時が昼時ということもあって、かまどや七輪による火災が多かったことが被害を拡大した要因となったようだ。大八車に布団や衣類などの家財道具を積み、逃げ惑ううちに火の粉を浴びて発火し、火災の範囲を広げている。

安全だろうと逃げ込んだ空き地へは夥しい数の人たちが殺到し、突然発生する火災や烈風によってパニックになり、我先に逃げ惑う群集に踏み潰されたりして亡くなった人たちも多かったようだ。

特に悲惨だったのは、この混乱に乗じて在日朝鮮人が襲撃してくるといった何の根拠もないデマにより、何千人という朝鮮人たちが殺されたことだ。地震後の劣悪な環境による伝染病の発生も死者の数を増やしている

大地震というものの恐ろしさを改めて感じた。

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