パリを出発した列車は、ずいぶんと長い間フランス国内を走りました。列車の単調な揺れと振動音に、疲れてもいたので、床に座り込んでリュックを抱えて眠ってしまいました。ふと眼が覚めて前を見ると、途中から乗り込んできた若いカップルが、同じように座って肩を抱き合って眠っていました。隣を見ると、赤居さんがスヤスヤと寝息を立てていました。
列車が突然音を立てて停止しました。スペインとの国境に到着したようでした。イルン(IRUN)という名の駅でした。これからスペインへの入国手続きをするため、パリから乗ってきた列車を降りました。暗い中、目を凝らしてみると、フランス側の駅舎は大理石造りで、スペイン側は粗末なものでした。そんなところにも、まさに両国の経済力の差が出ているようでした。
入国手続きを済ませると、スペイン側の列車に乗り換えました。本当かどうかは判然としませんが、フランス側とスペイン側では線路の幅が違っているので、乗り換えなければならないようでした。新たに乗り込んだ列車は年季の入った車両でした。それだけで、もうスペインへ入国したんだなぁ、と感慨深いものがありました。
今度は座席も空いていました。長い間、床に座っていたので、お尻が痛くなっていました。古くなってスプリングのあまり効かない座席でしたが、床よりはマシでした。車両が古いので、フランス側の列車よりも揺れや振動が大きいように感じました。しばらく走って窓の外を眺めると、一面砂漠のような景色が広がっていました。
太陽が次第に上り始めました。列車内の冷房もあまり効かないようで、暑くなってきました。汗がじっとりと出てきました。しばらく砂漠の中を走っていると、突然、車両の両サイドから白い煙が立ちのぼってきました。故障かな、と思って、隣の座席の乗客に尋ねると、たぶん速く走りすぎたので車輪と車軸との摩擦で煙が出たんだろう、と屈託(くったく)のない顔で笑っていました。唖然(あぜん)としてしまいました。
窓の外を見ると、運転手が車輪のあたりを調べていました。しきりに首を傾げているその様子には、別段、慌てているようでもなく、よくある不具合のようでした。隣の乗客が言ったことも、まんざら冗談ではないのかな、と思えました。その後、何事もなかったように、列車はまた走り出しました。目的地のマドリッドは、まだ遥(はる)か遠くにありました。
(つづく)
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