戦争について
吉村昭の「陸奥爆沈」を読みました。
戦艦「長門」と並ぶ日本帝国海軍の巨艦であった「陸奥」が、昭和18年6月、瀬戸内海で突然謎の大爆発を起こし爆沈した事実を、淡々とした筆致で推理していく長編ドキュメンタリー小説です。
いつもながら、史実を列挙しながらも、人間と時代というものを浮き上がらせる筆力には唸ってしまいます。
死者1121名という、海軍史上最悪の大惨事はどうして起きたのか。イギリス諜報機関による謀略説、火薬庫内の弾薬が自然発火した説、敵潜水艦による攻撃説など、様々な可能性を探る中で、ひとつの新たな疑念が生まれる。
それは、日本海海戦で大勝利してまもなく大爆発を起こした旗艦「三笠」や、それ以降、太平洋戦争末まで続いた数隻の謎の軍艦爆沈事件の原因を調べていく過程の中で、乗組員水兵たちの他愛もない過失や自暴自棄に陥って自殺したことによって引き起こされた事実にたどり着き、戦艦「陸奥」の爆沈も、ひとりの二等兵曹が犯した自らの窃盗事件を苦に放火したため起ったものではないかというものです。
最終的には、戦争という壮大な殺し合いの中で、たったひとりの懊悩した水兵によって、おびただしい自国の軍人たちが亡くなったのではないかという確信に至ります。
小説の後半で、作者自身が疑惑の二等兵曹の故郷を訪ねるシーンがあります。この部分によって、戦争という悲劇の中で、はかない人間一人ひとりの人生があり、そして非情にもその全てがのみ込まれて消えてしまうという事実を描いています。戦争は、人間が自ら起こし、人間どおし殺しあうものであり、それによって苦しむのも、また人間である。
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