「買っちゃった・・・」
彼女は、いかにも何か思い出したように料理の手を休め、キッチン・カウンター越しに、そう告げた。
ぼんやりとテレビのニュースをみていた彼は、不意をつかれて、
「え、なに? なにか言った?」
と訊き返した。
彼女は満面の笑顔で、
「だから買っちゃったの・・・」
と宣言した。
「だからなにを?」
「うん、ちょっとね、また新しい服・・・」
「エ? また買ったの? このあいだ買ったのはどうした?」
「アァ、あれ? それがさァ、どういう訳か、少し縮んじゃったみたい」
「縮んだ?」
「そう、ウエストのあたりが・・・微妙に」
「なにが微妙に・・・だ。ただ単に洋服側が縮んだんじゃなくて、その着る側に問題が発生したってことじゃないの?」
「ま、そうとも言えるかもね」
「それじゃまるで、『眼にゴミが入った』と言うべきところを、『ゴミに眼が入った』って言ってるみたいじゃないか、まったく・・・」
「来週、○○の卒業式でしょ。前に買ったのをちょっと着てみたら、あら何と不思議、ウエストのあたりが少しばかりキツクなっててさぁ」
「なにが『あら不思議』だよ・・・」
彼女は、頑なに自らの罪を認めようとしない容疑者のように、決して「肥った」とは自供しないし、ましてや、まるで呪わしい言葉のように、ゼッタイに「体重が増えた」とも口にしない。
「だからもう買っちゃったの!」
彼女はみずから始めた会話を断ち切るように、無心にキャベツのみじん切りを始めた。
付記: 以上の会話はフィクションです。登場する夫婦は架空のものであり、あくまで創作に過ぎません。あしからず。
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