バルセロナ観光を満喫した私たちは、ふたたび列車に乗って地中海沿いにフランスへと入国しました。進行方向の右手の窓辺には碧い地中海が見渡す限りどこまでも拡がっていました。南仏の穏やかな陽光が、あたり一面にふりそそいでいました。まさに地中海気候ともいうべき気持ちの良い陽気でした。心地良い単調な列車の揺れと、ときおり訪れる眠気でボーっとしているうちに、私たちはマルセイユ(Marseille)、カンヌ(Cannes)と素通りし、ニース(Nice)で下車しました。
ニースは、いわずと知れたヨーロッパ屈指のリゾート地です。お決まりの美しいビーチがあり、赤居さんとそのビーチ沿いの歩道をブラブラ歩いていると、その横を高級スポーツ・カーが颯爽(さっそう)と走り去っていきます。ハッとするように魅力的なブロンド美女たちを何人も見かけ、おもわず振りかえりました。ヨーロッパの成り金連中がバカンスに来ているようでした。あいも変わらずフトコロ寒い二人にとって、世の中は何と不条理で不平等に出来ているのかと呪わずにはいられませんでした。
いつものように裏路地の安ホテルを探しだし、ようやくその日のネグラを確保しました。ホテルの支配人は、頭髪の薄い、無精ひげを生やした、いかにもダサい中年男でした。着ているランニング・シャツがピッチリとそのでっぷりとした体に張りついていました。狭い階段をのぼって、暗い部屋に入ると、カビ臭いにおいが鼻につきました。陽光溢(あふ)れる同じニースにいるとは思えませんでした。古く軋(きし)んだ窓を開けて、何気なく路地に目をやると、けだるそうに野良犬が寝そべっていました。
どうもそれ以外の記憶が定かではないので、さぞかし長旅で疲れ果て、眠りこけてしまったのかもしれません。折角、ヨーロッパ屈指のリゾート地に足を運んだのに惜しいことをしたものです。しかし別段、高級なレストランで食事をしたり、贅沢にショッピングをしたりするつもりもなかったので、もともと身分不相応な観光地を訪れたのがオコガマシイのかもしれません。しかしながら、南フランスの有名リゾート地で一泊でも過ごせたことは事実です。たとえキラキラと輝く地中海に面した勝ち組エリアとは隔絶され、路地裏の安ホテルの一室で惰眠を貪っていたとしても・・・。
(つづく)
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