先日、オーストラリア人のPGAプロからゴルフ・レッスンを受けました。
レッスン料は、約1時間で40ドル、日本円で3千円でした。まずはスイングをビデオに撮ってもらって、撮った映像をパソコンに落としこみ、下半身の動き、上体のひねり、クラブと腕の傾斜角など、スイング中に注意すべき点をチェックしてもらいました。
自分では気づかないポイントをいくつか指摘され、これからの練習に生かせるアドバイスももらいました。一回3千円が高いかどうかは分かりません。だけどプロのコーチにスイング・チェックをしてもらえるというのは貴重です。1打でもスコア・アップにつながれば恩の字です。
彼によると、バックスイングからボール・インパクトまで、クラブがいくぶん外から入ってきているとの指摘でした。つまり、ターゲット・ラインに対して真っ直ぐにクラブが下りてきていないので球筋が安定せず、トップや右方向への引っ掛けの原因になっているとのことでした。まさにスコア・メイクがうまく出来ていない原因です。
今回のレッスンによって、がむしゃらに一人で練習するよりも、ときどき第三者にチェックしてもらい、客観的にいまの状態を見直すことも大事だと再認識しました。人生においても、そういえるかもしれません。
2011年10月25日火曜日
娘よ。
習慣として、夜9時過ぎには2階の書斎に入って本を読んでいるか、寝室のベッド横でパター練習をしています。そして小学生になるふたりの娘たちは、必ず寝る前に部屋へ立ち寄り、「おやすみなさい」と挨拶をします。われながらデキた娘たちです。
昨晩、いつものようにふたりで挨拶に来た娘たちの次女の方が、どうしたのか何故か涙目になっていました。訳をたずねると、何も言いません。長女の方も次女に口止めされているのか、黙っています。また兄弟げんかでもしたのだろうと思って、その後ふたりの寝室を覗くと、次女が布団に顔を押し当てて泣いていました。人生最大の危機ともいった様子です。まさに悲劇のヒロインです。
何があったのか白状しなさいと迫ると、次の日の授業にもっていく算数のノートがどうしても見つからないと泣きながら声をひきつらせて応えました。カバンの中も探したし、机の引き出しもすべて調べたけれど、見つからないと言うのです。仕方がないので、夜遅くまで可愛い娘の為しばらく辺りを探しましたが、結局ノートは見つかりませんでした。
そして今日、仕事から帰宅して夕飯時に、ところでノートは見つかったのかと聞きますと、学校に行ってはじめて先生に最近提出していたのを思い出したとのことでした。まったく人騒がせな娘です。ところが朝の時点でノートがなかった娘は、思いがけない行動をとったそうです。使いきった古い算数のノートの表紙だけをはがして、それに何も書いていない別のノート部分をセロテープで貼りつけて持っていったとのことです。つまり彼女がやったのは偽装工作です。先生に気づかれないよう、大胆にも算数の授業の時にそのカモフラージュ・ノートを使おうと計画したのです。
その報告を聞いて、思わず飲みかけていた味噌汁を噴き出しそうになりました。つまり、学校に行く朝の限られた時間で無い知恵を出して算数ノートを急造し、持っていくことにしたのです。なんとも世渡りが上手なのか、たくましいのか、となりで焼き魚にかじりついている娘の横顔を微笑ましく眺めてしまいました。
娘よ。お父さんは、そんなあなたが大好きです。
2011年10月19日水曜日
遠足
今日は、小学生の娘の遠足でした。
どこへ行ったのかというと、お台場のフジテレビです。貸切バスで首都高を走り、着いたらスタジオ見学だったそうです。ちょうど屋外でお天気番組の撮影をやっていたそうで、一瞬バックに映ってきたと言っています。
小学校の遠足というと、動物園か植物園、または野山の公園までみんなでテクテク歩いて行って、広い芝地に座ってお弁当を食べるというのが定番だと思うのですが、近頃の小学生たちが行く場所はどうも違っているようです。
やはり時代も変わってきたということでしょうか。でもスタジオ見学して帰ってきて、それって『遠足』って呼べるのでしょうかねぇ~。
どこへ行ったのかというと、お台場のフジテレビです。貸切バスで首都高を走り、着いたらスタジオ見学だったそうです。ちょうど屋外でお天気番組の撮影をやっていたそうで、一瞬バックに映ってきたと言っています。
小学校の遠足というと、動物園か植物園、または野山の公園までみんなでテクテク歩いて行って、広い芝地に座ってお弁当を食べるというのが定番だと思うのですが、近頃の小学生たちが行く場所はどうも違っているようです。
やはり時代も変わってきたということでしょうか。でもスタジオ見学して帰ってきて、それって『遠足』って呼べるのでしょうかねぇ~。
2011年10月15日土曜日
サザエさん
突然ですが、サザエさんのお父さん、波平さんは何歳だと思いますか? ハゲ頭に髪の毛が一本、あの風貌だと70歳代に見えませんか? 同様に波平さんの奥さん、フネさんも70歳代に見えますね。どうでしょう?
しかし実を言うと、波平さんは54歳、フネさんはそれより2歳若い、52歳だそうです。つまり、波平さんは島耕作より2歳ほど若く、フネさんもピンク・レディーのケイちゃんやミーちゃんより若いことになります。
そう言えば、波平さんはまだ会社に行っていますし、波平さんとフネさんの二人には小学生のカツオとワカメがいます。ちなみにサザエさんは28歳だそうですから、54歳と52歳の夫婦でもおかしくはありません。
どうして二人とも老けて見えるかというと、それは非常に面白いことだそうです。それは現代の日本社会を如実に映しだすと言うのです。と言うのは、サザエさんの連載が始まった1950年代、男性の平均寿命は65歳だったそうで、波平さんがそれよりも10歳ほど若い54歳と言うのは分かるような気がします。つまり、現在の男性の平均寿命は80歳ですから、それより10歳くらい若い70歳代に見えても不思議ではないのです。
生活習慣や食生活の変化、医療の発達によって、平均寿命は確実に伸びています。最近、年金支給開始年齢を68歳に引き上げようという案が出ていますが、この波平さんとフネさんの年齢を考えると、それもありかなと思ってしまいます。
2011年10月7日金曜日
Stay Hungry. Stay Foolish.
スティーブ・ジョブズが亡くなりました。
アップルを自宅のガレージで創業し、世界最大のIT企業にまで育て上げた、アメリカン・ドリームの典型ともいうべき人物です。70年代当時、コンピューターと言えば大型のIBM製の企業用でした。それをマウスによって誰でも簡単に操作できるパーソナル・コンピューター、「マッキントッシュ」を世に送り出したのです。まさに画期的でした。
その後、社内の紛争によって自ら創業した会社を追われます。若い頃から苦労して素晴らしく魅力的な会社に築き上げたアップルを去らなければならなかった彼の心情を思うと、どれほどの無念と苦しみがあったか察せられます。普通であったら、間違いなくそこで挫折し、二度と立ち直れないほどの人生を送るでしょう。
しかし彼の凄いところは、それからなのです。PIXERというコンピューター・アニメーションの会社を立ち上げ、世界で最初の全編コンピューター・グラフィックスによる映画、「TOY STORY」を世に出します。
そればかりではありません。その後アップルに復帰すると、クールな外観の「iMac」、そしてCDが売れなくなった原因をつくったともいわれる「iPod]、電話という概念を破壊した「iPhone」、自ら創造したパーソナル・コンピューターに取って代わる勢いの「iPad]と、矢継ぎ早に革新的な製品を開発し売り出します。
世界の人々の生活を変えたともいうべきこれらの業績をみると、彼のような偉大なビジョナリストは将来もう現れないのではないかと思われます。マイクロソフトを創業したビル・ゲイツさえ、かすんでしまうほどです。いまはただ彼の早すぎる死を惜しむばかりです。
スタンフォード大の卒業式での彼のスピーチは今や伝説となっています。もう一度聞いてみると、何とも胸に響きます。彼の死に対する考えが語られ、自分の好きなことに没頭し、亡くなる寸前まで夢を追いかけ命を燃やし続けた彼の姿が浮かびます。涙が出てきます。
心より冥福を祈ります。
http://news.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html
アップルを自宅のガレージで創業し、世界最大のIT企業にまで育て上げた、アメリカン・ドリームの典型ともいうべき人物です。70年代当時、コンピューターと言えば大型のIBM製の企業用でした。それをマウスによって誰でも簡単に操作できるパーソナル・コンピューター、「マッキントッシュ」を世に送り出したのです。まさに画期的でした。
その後、社内の紛争によって自ら創業した会社を追われます。若い頃から苦労して素晴らしく魅力的な会社に築き上げたアップルを去らなければならなかった彼の心情を思うと、どれほどの無念と苦しみがあったか察せられます。普通であったら、間違いなくそこで挫折し、二度と立ち直れないほどの人生を送るでしょう。
しかし彼の凄いところは、それからなのです。PIXERというコンピューター・アニメーションの会社を立ち上げ、世界で最初の全編コンピューター・グラフィックスによる映画、「TOY STORY」を世に出します。
そればかりではありません。その後アップルに復帰すると、クールな外観の「iMac」、そしてCDが売れなくなった原因をつくったともいわれる「iPod]、電話という概念を破壊した「iPhone」、自ら創造したパーソナル・コンピューターに取って代わる勢いの「iPad]と、矢継ぎ早に革新的な製品を開発し売り出します。
世界の人々の生活を変えたともいうべきこれらの業績をみると、彼のような偉大なビジョナリストは将来もう現れないのではないかと思われます。マイクロソフトを創業したビル・ゲイツさえ、かすんでしまうほどです。いまはただ彼の早すぎる死を惜しむばかりです。
スタンフォード大の卒業式での彼のスピーチは今や伝説となっています。もう一度聞いてみると、何とも胸に響きます。彼の死に対する考えが語られ、自分の好きなことに没頭し、亡くなる寸前まで夢を追いかけ命を燃やし続けた彼の姿が浮かびます。涙が出てきます。
心より冥福を祈ります。
http://news.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html
2011年10月1日土曜日
ささやかな幸せとは
昨日は末娘の9回目の誕生日でした。
お祝に何かご馳走しようと言うと、間髪を入れず、「焼肉!!」、と叫びました。お寿司かステーキ・ディナーと覚悟していましたので、わが娘ながら我が家の家計の心配でもしているのでしょうか、経済的なハッピー・バースデーの夕食となりました。われながらデキすぎた娘です。ヨシヨシ。
近所にある焼肉店へ出かけ、サラダや韓国海苔などと共に、久しぶりに牛肉をタラフクいただきました。帰りはヨメさんが運転してくれると言うので、生ビールもグイグイと飲み干しました。そのせいか今日一日、お腹の調子が思わしくなく、朝からトイレとの往復を繰り返しました。生来、胃腸が弱く、すぐに下痢ピーになってしまいます(苦笑)。
ところで、昨晩、焼肉をほお張りながらフッと感じたことは、やはり家族みんなが元気で平凡に暮らせているということが、いかに幸せなことであるかということです。
大震災で大切な家族を喪った人も多いし、原子力発電所の事故によって、家族がバラバラになり、不自由な生活を余儀なくされている方々がいる現実を考えると、ささやかながらでも家族で末娘の誕生日をお祝いしているということが、何よりも貴重で大切なことだとあらためて感じました。
誕生日おめでとう。お父さんは、これからもあなたの成長を楽しみにしています。
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