2011年12月21日水曜日

金王朝の落日


金正日が死にました。

とうとう北朝鮮の独裁者は人民に対して一切の幸福を残さず、その代わりに長年の辛苦と飢餓を強いてこの世を去りました。出来うることなら、同じ独裁者としてリビアを私物化し長期支配したカダフィ大佐のように、また、ルーマニアを混乱の坩堝に陥れたチャウシェスク大統領のように、最後は惨めな末路を迎えてほしかった。それが独裁者としての当然裁きを受けるべき死にざまではないでしょうか。

1983年10月8日に起きたラングーン事件の計画立案をし、その4年後の1987年11月29日に多数の乗客を死に追いやった大韓航空機爆破事件を指揮した正にその張本人であり、日々人民が飢えているのをよそに核開発をすすめ、それを姑息な外交カードに使い、まるで物乞いのように食糧支援を要求した最悪の独裁者でした。

さて今後、金王朝の3代目となる金正恩への権力移譲が支障なく進むのか、それとも内部での醜い権力争いや、軍や反体制派の反乱が起こるのか、しばらくは情勢を注視してゆく必要がありそうです。願わくば、北朝鮮国内の混乱に乗じて、何かしら拉致問題解決の糸口が見つかり、一日も早い被害者の帰国が叶いますように心より祈っています。

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