2012年8月29日水曜日

『昭和史発掘2』を読んで


松本清張の綿密な調査力と明確な文章表現には瞠目させられます。前作「昭和史発掘1」の続きとなるこの一冊には、以下の5事件がとりあげられています。それぞれの事件について、当時の時代背景や社会現象を交えながら、かれ独自の考察が加えられています。まさに労作といえます。

・三・一五共産党検挙

・満洲某重大事件

・佐分利公使の怪死

・潤一郎と春夫

・天理研究会事件

この中でもっとも興味深く読んだのが「佐分利公使の怪死」です。まるで推理小説のような筋立てで、読み進めるうちにグイグイと引き込まれてしまいました。現場の状況または物的証拠から推察すると、明らかに佐分利公使の自殺には疑問が残ります。松本清張は絡んだ糸を一本づつ解してゆくように、佐分利公使はある組織に抹殺されたのではないかという他殺説を補完してゆきます。

「満洲某重大事件」はいわゆる関東軍が絡んだ張作霖爆殺事件です。満州の支配を獲得しようと策動する軍部の動きは、その後の2・26事件から太平洋戦争へと密接につながっています。昭和史の影の部分が詳細に描かれています。国家の破滅へと突き進むことになったひとつの事件として読み応えがありました。

「潤一郎と春夫」は、文豪谷崎潤一郎と佐藤春夫との関係を、谷崎の妻が佐藤の妻へとなる経緯を軸に描いています。前作「昭和史発掘1」の「芥川龍之介の死」も面白かったが、当時の文人たちの生活、おもに派手な女性関係の一面がうかがえて興味深く読みました。やはり私小説を書くには、これほど奔放で、ある意味自堕落な生活をおくる必要あったのでしょうか。

「天理研究会事件」は、天理教から分派することになった「ほんみち」教団設立の経緯や受けた弾圧を中心に描かれています。戦前の天皇制を否定するような教義に対する弾圧はすさまじいものがあったでしょう。読み進めるうちに、社会全体への憎悪を示した一連のオウム真理教事件がちらつきました。「三・一五共産党検挙」でも共産主義者への弾圧を描いています。

それにしても松本清張の筆力は素晴らしいものがあります。かれの粘着性のある文体によって、昭和初期の暗い世相を鮮やかに浮かび上がらせています。今後もこの昭和史発掘シリーズを読んでゆこう思っています。

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