2015年1月16日金曜日

「20歳(ハタチ)のころ(3)」

少々英語力にも自信がつき、異国での生活にも慣れたので、一人暮らしを始めることにしました。まずはYMCAに引っ越しました。赤銅色のタイル張りの建物で、中庭を囲むような造りになっていました。清潔で、内部の手入れも行き届いていました。

通りをはさんだ前面には、広大な芝地の公園がありました。日本のように無駄な建造物などありません。その広々とした緑の公園は、「パーカーズ・ピース(Parker’s Peace)」とよばれていました。天気の良い日には、ベンチに腰かけて本を読んだり、芝生に寝ころんで、白い雲が静かに流れるのを眺めて過ごしたりしました。背中に大きな地球を感じ、一人ぼんやりとイギリスの空を見ているのが不思議な気分でした。

YMCAには、おなじ日本人留学生もひとり住んでいました。藤尾さんといって、千葉の出身でした。20代前半の気さくな人で、洋楽が好きでした。かれの部屋でエルトン・ジョンの曲をカセットテープで聴きました。そのいくつかの曲の中でも、とくに「ロケットマン(Rocket Man)」や「ベニー & ザ・ジェット(Bennie & The Jets)」が好きでした。いまもこの曲などを聴くと、遠い異国での心細かった生活がじんわりと思い出されます。

藤尾さんとは、おなじ留学生といった絆(きづな)によって、とても親しくなりました。かれは中古のフォルクス・ワーゲンのビートルを買って、たまにロンドンや郊外の田園地帯へドライブにいってました。彼よりも年下である私は、名前に『君』づけで呼ばれていましたが、藤尾さんには、そのズングリとした風貌と口元の形状から、失礼にも、『カバ尾さん』と呼んでいました。藤尾さんは、そんなことには一向に気にする風はなく、絶えず笑顔を浮かべて接してくれました。

YMCAのフロント・デスクに、赤毛の可愛いイギリス人女性が働いていました。年齢も近く、とても愛嬌のある笑顔が印象的でした。小柄で、ショート・ヘアーがよく似合っていました。目元にはうっすらとソバカスがあり、すい込まれるような青い瞳がキラキラと輝いていました。フロントの前を通るたびに、何気なく挨拶を交わし、幾度か会話も弾んで、淡い恋心を抱きました。日本人以外の女性に心が惹かれたのは、彼女が始めてでした。甘酸っぱい懐かしい思い出です。

一度デートをしたような記憶があるのですが、どこへ行って、どんなことを話したのか、どうしても思い出せません。デート中、よほど緊張していたのかもしれません。彼女の名前も、「E」で始まる名前だったような気がしますが、エリーだったのか、エミリーだったのか、はたまたエレンだったのか、どうも思い出せません。今では彼女も家庭をもって、さぞかしオバサンになっているでしょうねぇ~(溜息)。

(つづく)

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